旧市街の価値

「旧市街の価値」『市民タイムス』2015年11月5日。

もう十年以上前のことになるが、シリア第二の都市アレッポに住んでいたことがある。「イスラーム国」関連の報道を通してこの街を知った人にとっては、なにやら「怖い街」という印象しか持ち得ないのも無理はないが、シリア内戦以前はアラブ世界を代表する都市として、実に多くの人々を魅了し続けてきた。

食事の美味しさ、歴史に裏打ちされた文化や学問的蓄積の奥深さ、誇り高くも茶目っ気あふれる住民たちなど、魅力的な要素を挙げていけばキリがないが、何といっても特筆すべきは、街の中心部に位置するアレッポ城の圧倒的な存在感とその周辺に広がる旧市街の街並みだろう。「古都アレッポ」は、現存する世界最古の街の1つとして世界遺産にも登録されている。

石畳が敷き詰められた旧市街には、広大なスーク(市場)が広がっている。スークの小径は日中の刺すような日差しを避けるため石造りの屋根で覆われており、荷運びのロバが行き交う中、無数の商店が軒を並べている。アーケード商店街の原型である。

このスークの魅力は、観光名所として観光客向けに過度に整備されることなく、現地に暮らす人々の日常生活と密接に結びついた場所であり続けているという点にある。もちろん、観光客の姿を目にすることも多いが、この場所を利用する圧倒的多数は現地住民である。

アレッポに限らず、世界を見渡せば魅力的な旧市街を今でも残している街は多い。そういう街は、他の街とは代替不可能な「その街だけが持っている独自の顔」を備えている。そんな旧市街であるが、非情にも破壊の危機に瀕することがある。代表例は、戦争である。アレッポの旧市街も今回の内戦で、随分と破壊されてしまった。日本にしても、空襲によって旧市街の多くを焼失している。

ところで、アレッポの街は、頭ごなしに近代化を否定してきたわけではない。近代的な設備が整った病院や大学もあるし、インターネットカフェも街中にあふれている。旧市街と新市街とが絶妙なバランスを保ちながら、1つの都市を形成しているのである。便利さ一辺倒でもなく、あらゆる変化を拒絶するわけでもないといった、「しなやかさ」や「懐の深さ」は魅力的な都市であり続けるための秘訣であろう。

松本の街も、今ちょうど1つの転換点を迎えているように感じられる。築城以来「城下町・松本」の変遷を見守り続けてきた松本城は、果たして今後どのような「城下町」の姿を目にすることになるのであろうか。

(やまもと・たつや、清泉女子大学文学部地球市民学科准教授=松本市)