ネット時代の日本人コミュニティの価値

タイの首都バンコクに滞在している。この街に来る度に驚くのが、日本食レストランの多さである。それだけ、需要があるということであろう。外務省の海外在留邦人数調査統計によると、タイに住む日本人の数は、約7万6千人であり、米国、中国、オーストラリアに次いで世界第4位となっている。上位3ヵ国は、国土も広く複数の都市にまたがって邦人が滞在しているのに対して、タイに住む日本人のほとんどは首都のバンコクに集中している。バンコクは、世界的にみても、最大規模の日本人コミュニティを有する街なのである。

その中心的役割を果たしているのが、「タイ国日本人会」である。この組織が設立されたのは、1913年のことであり、実に100年以上の歴史を誇る、世界でも最古の部類に入る日本人会となっている。多くの日本人にとって、海外に住むというのは、心細く、不安なものである。言葉も、文化も、生活習慣も異なる中で、「マイノリティ」として暮らさなくてはならない。日本人会は、こうした人々の互助組織としての役割を果たしつつ、発展してきた。

ところが、そんな日本人会に「異変」が起きている。在留邦人数が増えているにもかかわらず、日本人会の会員数が減少傾向にあるのだ。タイ国日本人会の場合も、2006年の約9400人をピークに、最近では約7000人にまで会員数を減らしている。この背景には、おそらくインターネットの発達が関係していると思われる。タイで暮らす上での情報は、教育、医療、食事、生活、エンターテインメントなどあらゆるジャンルで、読み切れないほどの情報がネット上に溢れている。ソーシャルメディアを介せば、わざわざ会費を払うことなく「つながり」を得ることも可能である。

そんな中、タイ国日本人会は、培ってきた歴史と伝統と人脈を活かして「生活に根ざしたより深いレベルでのリアルなつながり」を提供する場としての役割を強めようとしている。ネットにはすべての情報があるように見えて、実は、本当に困った時に助けてくれるような価値ある情報を見つけることは難しい。「互助組織」の真価は、「有事」にこそ発揮されるのである。そもそも、タイが世界でも有数の親日国である背景には、日本人会の100年を超える一つひとつの取り組みが大いに関係している。そんな日本人会の新たなチャレンジを応援しつつ、「ネット時代におけるリアルなコミュニティの価値」を、遠い異国の地で考えている。

(やまもと・たつや、清泉女子大学文学部地球市民学科教授=松本市)