開発と格差のジレンマ

この夏、カンボジアとタイを訪問した。カンボジアでは、アンコール遺跡群で有名なシェムリアップを拠点として、タイでは首都のバンコクを拠点として、フィールドワークを行った。シェムリアップの街中は、世界的な観光地ということもあり、現代風のカフェやレストランが林立している。とはいえ、このような風景はむしろ例外的で、街から数十分も車を走らせると、電気の供給も十分でない中で田舎生活をする家々が点在している。

他方、シェムリアップから飛行機で1時間離れただけのタイの首都バンコクでは、全く異なる風景が広がっている。高層ビルが立ち並び、電車も地下鉄も走り、一駅ごとに巨大なショッピングモールが続く。その地上階には、世界的な高級ブランド店が軒を並べる。カンボジアの田舎を経て、バンコクにやってくると、ある種「早送り」の形で、過去数十年の東南アジアの発展の様子を追体験することになる。

開発により生活水準が上がり、絶対的貧困から脱出する人びとが増え、医療水準が上がることで、乳幼児死亡率が低下し、平均寿命が伸延するなど、プラスに評価できることは多い。他方、こうした急速な発展は、「持つ者」と「持たざる者」との格差を拡大させる。私が学部時代は、開発経済学として「トリクルダウン理論」が信じられており、一時的に富が偏重したとしても、上から雫が落ちてくるように、そのうち下位層にも富が波及すると教えられた。ところが、近年の研究によると、どうやら格差は時間と共に拡大の方向に進んでしまいそうだということがわかってきた。

こうした開発と発展と格差の象徴的な国が、タイである。バンコクの人口は約850万人で、世界に冠たる超巨大都市である。ところが、タイ第2の都市(バンコク近郊を除く)であるチェンマイの人口は、約20万人にすぎない。この国では、あらゆるものがバンコクに集中している。富の偏在も著しく、トップ1%が、実に富の67%を占めている。また、2017年のデータによると、下位50%の富を集めても全体の1.7%にしかならないのに対し、上位10%が富の85.7%を独占している。この国は、富の格差指標で世界ワースト1位なのである。同様の傾向は、世界全体でも確認されている。資本主義経済の1つの終着点なのかもしれないが、この状況が「持続可能」だとも思えない。近い将来、私たちは経済のあり方について再考を迫られることになるのではなかろうか。

(やまもと・たつや、清泉女子大学文学部地球市民学科教授=松本市)