珈琲と街と文化

「珈琲と街と文化」『市民タイムス』2016年5月20日。

思えば、世界中のいろいろな街で珈琲を楽しんできた。何歳頃から珈琲を飲む習慣が身についたのか正確には覚えていないが、珈琲の文化的差異を面白がるようになったのは、高校3年生のことである。当時、交換留学ということでアメリカのニューヨーク州でホームスティをしていた。スペインとポルトガルをルーツもつホストファザーにとって、珈琲とは独特の器具で淹れるエスプレッソタイプ珈琲のことであった。

ホストファミリーと何度となく訪れたニューヨーク・シティでは、行く度に生前のジョン・レノン行きつけであったというイタリア系のカフェに連れて行ってもらい、カプチーノの魅力を学んだ。当時、東海岸でスターバックスコーヒーは皆無で、いわゆる「アメリカンコーヒー」ばかりだと思っていたアメリカで、ヨーロッパ流の珈琲文化を垣間見た。

9・11の半年後から住んだシリアでは、アラブ流の珈琲文化を学んだ。この地で楽しむ珈琲には、アラブ珈琲とトルコ珈琲の2種類がある。日常的に楽しむのは、トルコ珈琲の方で、カルダモンの粉を混ぜたコーヒー豆をラクアと呼ばれる器具で煮出すようにして抽出する。注いだカップに、コーヒー豆も同時に注がれることになるので、豆が沈殿するまで待ち、上澄みを頂く。うまく飲めるようになるまで少々時間がかかるが、慣れるとやっとアラブ世界に受け入れられた気分になる。

アラブ世界で珈琲は、単なる嗜好品を超え、もてなし文化の重要なアイテムとなっている。特にアラブ珈琲の場合は、ポットの中に入った珈琲をお猪口のような器で、一人ずつ回し飲みをするが、最初の一口はホストが皆の前で飲む習わしになっている。「毒」が入っていないことを証明する意味があるという。お酒を飲む習慣のないイスラーム圏で、珈琲は重要な社交道具として機能していた。

こうした経験も手伝い、ここ数年、松本という街と珈琲を絡めて、何か文化の提案ができないかと考えてきた。カフェを経営する友人と試行錯誤の末、たどり着いたのは今月末から発売する「Alpscity Coffee」(www.alpscitycoffee.com)である。文化的でありながら、自然との距離が近い松本の街の魅力を、2種類のブレンド珈琲の風味を通して表現しようという試みである。「自然と共に暮らす」というライフスタイルを、珈琲文化にのせつつ松本から世界に向けて発信することができればと願っている。

(やまもと・たつや、清泉女子大学文学部地球市民学科准教授=松本市)