朝シフト

「朝シフト」『市民タイムス』2016年3月16日。

朝型、夜型なる言葉がある。このところ世界中のいろいろな場所を訪れる度に、最近の世界的なトレンドは、「面白い」と思えるような人も、街も、夜型から朝型へシフトしていると感じている。

ここ数年、先進国の都市を中心に流行っているものを思い浮かべてみると、ジョギング、パンケーキ、コーヒー、ヨガ、瞑想など「朝文化」と親和性の高いものが多い。少し前の時代、たとえば「バブルの時代」を振り返ってみると、ディスコ、お酒、夜景など「ナイトライフ」が全盛だった。

時代に敏感な人々の生活スタイルにも変化が見られる。かつて、クリエイティブな仕事をする人々の集まりと言えば「夜、お酒を飲みながら」というのが定番であったが、最近では、「朝、朝食を食べながら」のミーティングを好む人が増えている。世の中の面白いことは夜ではなく、朝に生み出される時代へとシフトし始めているのである。

こうした現象の裏側には、人々の自然に対する捉え方の変化があるのではないかと考えている。20世紀型文明の豊かさは、暑ければ冷房で冷やしたり、暗ければ電球で明るくしたりと「自然現象の制約を乗り越える」ことで生み出されていたとしたら、21世紀型文明の豊かさは「自然に寄り添う」ことから生み出そうとしているのではないだろうか。自然とは、制御する対象ではなく、共生していくものだという世界観である。

新緑の森をハイキングする爽快感や、自然の恵みでもある農産物や海産物を仲間と共に味わう喜びは、原始的ではあるが人生の豊かさと直結する。また、たびたび起こる自然災害を目の当たりにすると、自然と人間(および人間がつくり出す人工物)との圧倒的な力の差を思い知らされる。世界的に見られる「朝シフト」とは、人々が無意識のうちに「これまでのやり方は何かが違うのではないか」と感じ、太陽の動きという「自然のリズム」に寄り添う生活の心地よさに気づきはじめた結果起きているような気がしてならない。

松本に移住してからの意外な発見の1つに、この街のバーなどを中心としたナイトライフの充実ぶりがある。他方、北アルプスの稜線を眺めつつ、松本城の周りや女鳥羽川沿いを散歩していると、松本と朝との相性の良さを改めて実感するものの、「朝文化」についてはまだまだ充実させる余地が残されていそうである。「朝×松本」というコンセプトの先にこそ、これからの街作りのヒントが隠されているのではなかろうか。

(やまもと・たつや、清泉女子大学文学部地球市民学科准教授=松本市)