「人」を中心に考える

社会的な問題への解決には、さまざまな方法がある。情報や科学的な知見も豊富で、比較的人々の意見が一致している領域であれば、何をやるべきかは明確であって、人と予算が解決してくれる。他方、今回の新型コロナウイルス感染症のように、治療法の確立やワクチン開発など、人々の望むものがほぼ一致しているものの、科学的・医学的知見が十分でない領域であれば、科学や医学に必要な投資をすることで解決を目指すことになる。

難しくなってくるのは、社会の構成員の間での合意がとりにくい領域での問題解決である。情報や科学的知見の蓄積がある程度あるものの、人々の価値観が異なる領域は、「倫理的な問題」として立ち上がる。たとえば、死刑制度を存続させるか、廃止すべきかというのは、この領域の典型例であろう。そして、従来型の解決法が最も通用しにくくなるのが、情報や科学的知見も少なく、必ずしも人々の合意が存在しないような領域である。こうした、社会が抱える、正解のない解決困難な問題は、「厄介な問題(wicked problem)」として知られている。

この種の問題へのアプローチとしては、「デザイン思考」と呼ばれる手法が役に立つことがある。この手法は、イスやテーブルのデザインはもちろん、新商品や新サービスの開発などでも活用されているが、公共政策のデザインにも適用することができる。デザイン思考の特徴は、とことん「人」を中心に考えていくというところにある。デザイン思考では、まず、その商品やサービスを実際に使う人々の、「感情」に着目し、「共感」ポイント(ポジティブな感情も、ネガティブな感情も)を探るところから作業を始める。その上で、人々の「経験をデザインする」という視点から解決法を編み出していく。対象者を「幸せ」にするための解決を探る手法だと言えるだろう。

先月、松本市の総合計画(10年計画)策定のための会議の座長に就任した。冒頭のあいさつでは、3つの点を指摘したが、そのうちの1つが「政策は誰のためのものか」という問いである。21名の委員で共有したのは、「市民一人一人のためのもの」という答えである。また、臥雲市長は、選挙で訴えた「誰も置き去りにしない」というフレーズを冒頭挨拶の中で引用された。この会議では、2030年に向かっての松本の未来像を、すべての松本市民の幸せにつながるよう、この街に暮らす「人」を中心に構想してみたい。

(やまもと・たつや、清泉女子大学文学部地球市民学科教授=松本市)