プライバシーと治安をめぐる葛藤

スーパーマーケットでもコンビニエンスストアでも、セルフレジを目にする機会が増えてきた。技術の進歩は、かつて人が行っていた仕事を機械が取って代わるような変化を後押ししている。とはいえ、世界を見回してみると、コンビニエンスストアにまつわる技術の最先端は、セルフレジではない。中国では、今、「無人コンビニ」が急増している。アメリカのアマゾン社も、2016年に同様の「無人コンビニ」の第1号店をお膝元であるシアトルでオープンしている。

無人といっても店員が全くいないわけではなく、「レジがない」(レジに店員がいない)という意味である。顧客は、スマホを使って、駅の改札ゲートのような機械を通過して入店する。後は、商品棚にある商品を手に取り、そのままカバンや買い物袋に入れ、店を出てしまってよい。店には様々なセンサーが取り付けられており、誰が何を買ったのかを把握している。購入代金の明細は、店を出た後でスマホに送られてくる。

スマホが便利になるにつれ、スマホを忘れてしまうと日常生活がままならなくなるのでは、という心配があるかもしれない。この点をカバーしようとしているのが、顔認識システムである。中国では、実際に、顔認識システムにより、仮にスマホを忘れてしまっても支払い等を行うことのできるシステムを備えた店舗が出現している。

顔認識システムは年々その性能を上げており、ライブ会場のような群衆の中で特定の個人を瞬時に見分けられるようにまでなっている。しかし、こういう社会は、私たちが望んでいる社会なのだろうか。この問いに、最近「NO」という意思を示したのが、サンフランシスコ市議会である。先日可決された条例は、サンフランシスコ市警や市営交通機関などが、今後、顔認識システムを導入することを禁止している。賛成派は、この条例によって、行き過ぎた監視社会を回避し「健全な民主主義」を守ることになると評価するが、反対派は、犯罪防止のための重要な技術が制限され、公共の利益に反すると反論する。

情報通信技術の最近の進歩は、自由やプライバシーという民主主義社会が大切にしてきた価値と、テロ対策を含む治安維持との間で、どのようなバランスをとるべきなのか、大きな問いを私たちに投げかけている。本当に大切なものは、失ってみて初めてその価値に気がつくとも言われる。この難問にどのような回答を示すべきか、市民の力が試されている。

(やまもと・たつや、清泉女子大学文学部地球市民学科教授=松本市)