旅の原動力

「旅の原動力」『市民タイムス』2016年1月12日。

昨年末は、12月後半をタイのバンコクで過ごしてきた。ここ数年、タイの政治は揺れている。クーデターで失脚したタクシン元首相の復権をめぐり反タクシン派とタクシン派が互いにデモ活動を活発化させ、タイ政治は袋小路に陥ってしまった。事態を収拾するため、最終的に軍事政権を発足させ厳戒令を敷かざるを得なくなった。今では厳戒令は解除されているものの、依然として軍事政権は続いている。

また、2015年8月には、バンコク市内の繁華街で多くの死傷者を出した爆発テロが発生している。それ以来、市民の間でテロへの不安が払拭できない日々が続いているし、観光客や女性を中心にタクシーをめぐるトラブルが報告されるなど治安面での心配もある。

こうした政治状況とは裏腹に、クリスマスシーズンのバンコクは、街中がクリスマス用に飾り付けられ、どこも観光客で溢れかえっていた。日本を訪れる観光客も確かに増えているが、街中の観光客比率という点ではバンコクの足下にもおよばない。

世界銀行のデータ(2013年)によると、タイの国際観光客数は2655万人であった。この数字はアジアでは中国に次いで多く、世界でも第10位となっている。人口あたりの観光客数は、40.8%にものぼる。対して日本は、1036万人(世界第26位)であり、人口あたりの観光客数も8.2%に過ぎない。これから伸びる産業として観光が注目されて久しいが、日本の場合、国際基準に照らすとまだまだだと言わざるを得ない。

こうした指摘を含め、観光に関して興味深い提言を行っているのが『デービッド・アトキンソン 新・観光立国論』(東洋経済新報社)である。この著者によると、観光客を惹きつけるために重要な4つの要素とは、気候・自然・文化・食事だという。これこそが人を旅へと駆り立てる原動力であり、「おもてなし」も「治安」も二次的な要素に過ぎないと強調する。確かに、今回訪れたタイの様子を見ているとうなずけるところが多い。

4つの要素を眺めてみると、松本やその周辺部の持つ潜在力は高そうである。おそらく、この4つは「足し算」的ではなく「掛け算」的に機能する。それぞれを単体として考えるのではなく、融合させていく形でその価値を高める努力(と共に外部の人々の視点を踏まえた上でその価値を提供する努力)が必要だろう。この地域が次の時代にも魅力的であり続けるためのカギは、旅人を惹きつける原動力とも大いに関係しているはずである。

(やまもと・たつや、清泉女子大学文学部地球市民学科准教授=松本市)