あえて借りを作る

「あえて借りを作る」『市民タイムス』2016年7月21日。

いきなり私事で恐縮だが、先日、大学で来客接客中に回転性のめまいに襲われ、そのまま倒れ救急搬送されるという経験をした。仕事のスケジュールがタイトで、やや疲れ気味だなという自覚症状があったとはいえ、断続的に訪れるトラブル処理についても、頭の中ではきちんと処理出来ていたのだが、どうやら体の方がついていかなかったようである。幸い、検査の結果脳のトラブルではないということであったが、しばらくは仕事のペースを落とし気味にして体をいたわろうと思っている。

健康な時にはなかなか気がつかないが、病気などで自分が弱い立場になると、周りの人々のありがたさが身にしみることになる。考えてみると、自分は、人に頼ることがあまり得意ではないような気がする。「人に頼むのは悪い」とか、「自分でやってしまおう」という形で、多くを抱えてしまいがちだ。ところが、体調的に難しいと、どうしても人にお願いし、頼らなくてはいけなくなる。いざ、頼ってみると、快く引き受けてくれると共に、「頼り、頼られる」という経験が、これまで以上に緊密な人間関係を築くきっかけにもなった。

幸運なことに、これまで入院するほどの大きな病気というのは経験したことがないが、思い返してみると、シリア滞在中の数年間だけは、何度か自分一人では対処出来ないような病状に陥ったことがある。あまりの暑さに家の中で熱中症になって倒れたり、運悪く食中毒にかかったりもした。40度近くの高熱が続き、身動き一つとれない状況になるので、周りのシリア人に助けを求め、頼らざるを得ない。普段はのんびりしているシリア人であるが、ピンチの時の動きには目を見張るものがある。ありとあらゆる人が、ものすごいスピードで危機対応にあたってくれる。

私が見るところ、シリア人は概して「頼られること」、「世話を焼くこと」が好きな人々である。「頼り、頼られ」、「世話を焼き合う」関係は、何も緊急時に限らず、日常生活の中でも頻繁に行われている。日本では、「借りを作らない」とか「借りを返す」という表現があるが、シリアの人々は「あえて借りを作る」ところがある。そんなところからも、アラブ社会に特有の濃い人間関係や、コミュニティの結束力が生まれるのであろう。

今回倒れて学んだことは、「適度に人に頼る」必要性だ。一人だけで出来ることには限りがある。シリア時代に学んだ「あえて借りを作る」を、実践してみるいい機会なのかもしれない。

(やまもと・たつや、清泉女子大学文学部地球市民学科准教授=松本市)