「アラブの春」から10年のSNSと民主主義

「アラブの春から10年を振り返って」というテーマで、いくつかのメディアからの取材に応える機会があった。エジプトでの「アラブの春」にとって、2011年1月25日に行われたデモは重要な転機となった。フェイスブックなどSNS経由で呼びかけられたデモに、予想以上の人々が集まり、大統領の追放を叫びはじめたのである。結局、デモの勢いはおさまらず、約30年間にわたって独裁的な政権のトップに君臨し続けたムバーラク大統領は、辞任を表明することになった。筆者は、直後のカイロに飛び、デモの中心的人物や、参加者等へのインタビューを行う機会を得たが、誰もが高揚感を隠さず興奮気味にまくし立てていた当時の雰囲気をよく覚えている。

「アラブの春」と同様の形のデモは、先進民主主義国にも飛び火した。アメリカでは、格差の拡大と富の偏在に抗議する「ウォール街占拠運動」が起き、ヨーロッパ各国でも同様のデモが相次いだ。日本も例外ではない。原発再稼働反対デモや、安保法制反対デモは、「アラブの春」と同様の「新しいタイプのデモ」だったと考えられる。

あれから10年、「革命」を経験したアラブ諸国を振り返ってみると、残念ながら「春」とはほど遠い状況にある。リビアやシリアのように、内戦状態に陥ってしまった国もあれば、エジプトのように軍関係者を中心とした強権的な政治が復活し、「冬」に逆戻りしてしまった国もある。SNSは、壊すのは得意でも、新しい何かを生み出すのは苦手なのかもしれない。

その間、各国政府は、SNSを含めた「ネットの監視」を強め続けている。これは非民主主義国に限ったことではない。2013年にアメリカの諜報機関の仕事を請け負っていたエドワード・スノーデンは、アメリカが行っている大規模なネット監視を裏付けるような証拠を暴露した。とはいえ、ネットの監視抜きに、世界規模で進行中の「サイバー戦争」に備え、国家の安全を確保することは難しい。外国勢力が、SNSを使ってフェイクニュースを流すことで、ターゲットとする国の「投票操作」を行った可能性も複数報告されている。

10年という時を経て、SNSと民主主義との関係を単純に希望や期待感だけで語ることはできなくなってしまった。治安や安全の維持とプライバシー確保とのバランスの取り方を含め、私たちの社会がSNSとどのような関係を築くのかは、「民主主義の未来」を考える上で重要なテーマとなるだろう。

(やまもと・たつや、清泉女子大学文学部地球市民学科教授=松本市)