マクロとミクロの関係性

「マクロとミクロの関係性」『市民タイムス』2017年5月16日

先日、『暮らしと世界のリデザイン:成長の限界とその先の未来』(花伝社)を上梓した。リデザインとは、再設計という意味である。今、世界を見回してみると、各地で問題が噴出している。中東情勢は依然として混迷を極めているし、朝鮮半島情勢もきな臭い。イギリスのEUからの脱退が象徴するように、今や「統合」ではなく「分裂」がEUをめぐるキーワードになっている。ヨーロッパの金融危機も根本的な解決を見たわけではない。世界各地でデモ活動も頻発している。

これまでうまくいっていた仕組みが、うまくいかなくなりはじめている。世界全体の仕組みをリデザイン=再設計する必要がありそうだが、やらなくてはいけないことが大きすぎてどこから手をつけていいのか途方に暮れてしまう。現在、地球上には約70億人の人々が暮らしている。この70億人が、村や街を作り、県や州を作り、国を作って、国際社会(世界)を作り出している。

この一人ひとり(ミクロ)と世界全体(マクロ)は、つながっている。ミクロを積み重ねればマクロになるはずだし、マクロを分解していけばミクロが現れそうなものである。ところが実際には両者の関係は、それほど単純なものではない。しばしば、マクロはミクロの積み重なり以上の振る舞いを見せるし、マクロを分解していってもなかなかミクロが立ち現れないことも多い。

とはいえ、「人類知」のレベルで考えるなら、社会を変革する、社会をリデザインするということについての両者の関係ははっきりとしている。ガンジー(Mahatma Gandhi)は、かつて「あなたがこの世で見たいと思っている変化に、あなた自身がなりなさい」と言ったという。イスラームの聖典であるクルアーンにも、《人が自らを変えない限り、決してひとびと(の運命)を変えられない》(雷電章:11)という章句がある。つまり、社会に問題があって、その社会を変えたいと思うのであれば、まずは自分自身が変わらなくてはいけないと教えているのである。世界のリデザインは、実は暮らしのリデザインの先にこそある。

これから世界はますます激動の時代へと突き進んでいくだろう。もちろん、日本も無縁ではいられない。人口が減り、高齢化率が上がる中、思うように経済も伸びていない。ただし、誰かが何とかしてくれる、という態度の先に明るい未来は待っていない。マクロを変えるためには、まずはミクロを変えなければならないのだから。

(やまもと・たつや、清泉女子大学文学部地球市民学科准教授=松本市)