キャッシュの未来

日常生活での決済に現金を介さない、いわゆるキャッシュレスが世界的な広がりを見せている。もっとも、この点において、日本は世界のトップランナーではない。むしろ、先進国の中では遅れている方かもしれない。

たとえば、北欧のスウェーデンでは、現金流通量が対GDP比で1%台にまで低下している。この国の人は、外出するのに現金を持たない。そもそも、「キャッシュお断り」というお店も多く、キャッシュを持っていても不便を感じることになる。その代わり、国内の複数の銀行が開発した「スウィッシュ(Swish)」と呼ばれる、スマートフォンを利用した決済機能を使っている。あまりにも人びとが現金を使わないので、最近では、ホームレスの人でさえ、現金でなくスウィッシュを利用して恵んでもらっているというから驚きだ。

お隣の中国でもキャッスレスは急速に進んでいる。中国では、スマートフォンとQRコードを組み合わせた決済システムを使うと、多くの商店で現金を使う必要がない。屋台の買い物ですら、キャッシュレスで行える。先日、筆者の知人は、とある中国人に「日本に旅行に来ると、昔懐かしい気分になるよ。日本では、今でも現金を使うことが多いだろう。ちょっと昔の中国にタイムスリップしたみたいだ」とコメントをされたという。キャッシュレスの観点では、中国はすでに日本を飛び越えてしまったようである。

キャッシュレス決済は、記録がデジタル空間に残ることになる。誰が、いつ、どこで、何を買ったのか、調べようと思えば調べることが出来る。ある人の購買履歴を、数週間追うことが出来れば、その人の居住地や勤務先エリア、生活パターンや趣味趣向など、かなりのことを知ることが出来るようになる。

そんな世界は、「ちょっと怖い」と思うだろうか。新しい技術が社会のあり方を変えようとする時、人は「怖い」と思ったり、「違和感」や「嫌悪感」を示したりするものである。携帯電話が世に出た時も、「いつでもどこでも電話でつかまる社会なんてイヤだ」と言う人はいた。スマートフォンには、端末の位置情報を特定するためのGPSが搭載されている。はじめこそ「気味が悪い」と思ったかもしれないが、今やそんなスマートフォンを誰もがポケットに入れて生活している。怖さや嫌悪感は、技術の普及を阻む要素とはならなそうである。現金を使うことを懐かしむ時代は、日本でもすぐそこにやってきているのかもしれない。

(やまもと・たつや、清泉女子大学文学部地球市民学科教授=松本市)