イブラ・ワ・ハイト

「イブラ・ワ・ハイト」『市民タイムス』2015年12月8日。

暴力の連鎖がとまらない。パリで発生した痛ましいテロ事件後、国際社会をめぐる状況は、一段と緊迫の度合いを高めているように感じられる。「極めて具体的で正確なテロの計画がある」として、ベルギー政府は一時的にテロ警戒レベルを最高度に引き上げ、地下鉄は封鎖、小中学校は休校措置となった。

テロの後、フランスのオランド大統領は、ベルサイユ宮殿での演説において「フランスは戦争状態にある」と述べた。実際に、フランスの原子力空母「シャルル・ドゴール」から出撃した戦闘機が「イスラーム国」への空爆を行っている。また、ロシア軍機がトルコ軍によって撃墜されるという事件も起き、トルコとロシアの間での緊張も高まっている。後の歴史家は、2015年を「新たなる戦争」の始まりの年として記述することになるのかもしれない。

2015年はまた、「ヨーロッパ難民危機」なる言葉が使われだした年でもある。泥沼化するシリア情勢を背景に、ヨーロッパに逃れるシリア難民が急増したのである。現状でも大混乱のヨーロッパであるが、実は、国外に逃れたシリア難民のうち、現在ヨーロッパに流入しているのは全体の10%に達していない。本当の「ヨーロッパ難民危機」は、これからなのである。さらに、シリア国内で難民化している人々もいる。正確な数は不明であるが、500万人以上はいるだろうと見積もられている。

あまりにも残酷な現実を前に、日本に暮らす我々に出来ることは限られている。それでも、かつてシリアの地でシリア人に助けられながら生活をしてきた身として、微力ながらも何か支援が出来ないかと、「イブラ・ワ・ハイト」というプロジェクトに有志と共に取り組んでいる。

「イブラ・ワ・ハイト」とは、アラビア語で「針と糸」を意味する言葉である。生活の基盤を失ってしまった女性たちに「針と糸」でシリアの伝統的な刺繍をしてもらい、その刺繍をもとに日本でアクセサリーやバッグなどの商品を開発し、売り上げを現地に届けることで「自活支援」を行おうというプロジェクトである。幸いなことに、賛同者・支援者も年々増えており、各種メディアの取材を受けるまでになった。

深い悲しみと絶望の中でも、人は生きていかなくてはならない。未来は、日々の積み重ねの先にしかない。劇的な改善は望めないのかもしれないが、小さな積み重ねが持っている価値を信じ、今日もまた一歩ずつ進んでいきたいと思う。

(やまもと・たつや、清泉女子大学文学部地球市民学科准教授=松本市)